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花みち元気塾通信 2018年9月号「日常と非日常の境目」

 高校生くらいまで寝る前に必ず心の中で、悪いことが起きませんようにとお祈りして寝るのが日課でした。それは通じなかったのか、両親とも早く亡くなってしまいました。それでもやはり何かある度に心の中で祈っています。

 今年の夏は夏休み前から暑さが厳しく、学校から子ども達はシャワーを浴びたように汗をかいて帰って来ました。その上威力の強い台風、大きな地震と災害が続きました。最高気温の下、熱中症で何人搬送されたというニュースが毎日流れ、台風や地震の度、多くの被害を受けたというニュースを見ました。もうどこに住んでいれば絶対安心、誰なら大丈夫ということはなくなっているように感じます。自然の猛威はどんなに人類が進歩しても止められないし、進歩したからこそより厳しくなるのかもしれません。いつ起こるといった予想ができないのも恐ろしいことのひとつです。

 災害を受けるまで、誰もがいつもと変わらない生活をしていたことでしょう。あまりに突然その日常が途切れ、思いも寄らない事態に陥ることは、テレビで見ている以上に過酷なものだと思います。避難所の体育館の固い床で寝ること、プライベートのない一日、食べ物に困ることのないこの日本で配給に列を作ること、どのひとつをとっても我慢無しにはできないことです。

 こういったニュースを見て、私が思い出すのはやはり東日本大震災です。都内の中学校に通っていた次男とは3,4日会うことが出来ませんでした。少し離れた学校に通っていた長男は学校から出てしまったところ電車が動かず、私が迎えに行くことに。しかし車はものすごい渋滞で全く動かず、結局交番の中で夜中まで待たせてもらったことなど普段ではあり得ない状態にただ呆然として先の見えない不安を感じるだけでした。

 災害の多いこの日本ではその対策に避難グッズを準備して、いざ何か起きたらこうするといった家族の決めごとを考えておくことが大切と思いますが、どんなに準備しても避けられないこともあるかもしれません。それならと私はもうひとつ思うことがあります。それは、日常生活を送ることができない事態が起こり得ると普段から意識して日々を過ごすこと、つまり何が起きてもおかしくないこの世の中を一日一日悔いなく送ることです。今この時は今しかないというのはある程度年齢を重ねて感じるもので、子ども達、生徒達がそこのところを感じ取るのは難しいでしょう。しかし時間には限りがあり、永久に同じ生活を過ごすことができないということは大人である私達が言葉だけではなく、行動で示したいことです。命がいつまで続くのかは誰にもわからないのです。人生100年時代とも言われている中でそうでない人もたくさんいるのも又事実です。私達は時間の大切さを常に認識しながら生きていかなければなりません。

 そう思って今私は夜寝る前、その日の楽しかったこと、反省したことを思い返すようにしています。それと共に災害を受けた人々の本当の辛さは共有できないものの、多くの人がその苦難を乗り越えてまた新たな日常を送れるようにと願いたいと思っています。

藤井道子